Dragon Eyes


  第一話:「吸血鬼」その2

 

池袋という土地は魔界であると言うことをご存知であろうか?

今でこそ東京屈指の繁華街で朝も夜も眠らない町であるが江戸の昔はそれこそ辺境の寂れた地で、

夜ともなれば人の通りも少なくなり辻斬り,強盗は日常茶飯事で毎日のように行われて道路端には死体が転がっていた。

そして時代は上って昭和時代、池袋の東口には何があったかというと現在のサンシャインのあたりになるのだが

そこにあったのは「東京拘置所」、GHQ占領後には「スガモプリズン」と呼ばれる場所。この地で極東軍事裁判で裁かれた

戦犯たちは絞首台に上りその一生を終わらせていったのである。そこには様々な怨念がうずまいており

光り輝く超高層ビルの一角に大いなる闇を形成しているのだ。

このように多くの血を吸い続けてきた池袋、それは実に魔界と呼ぶに相応しい陰惨な歴史を持っている。

そしてそのような魔界、池袋には何かに吸い寄せられるかのように異形の者が寄り集まってくるのである。







佐伯和夫は今年で三十五歳。正直うだつのあがらないサラリーマンである。
彼が勤めているのは大手の予備校。教師を夢見て大学に進んだのはいいものの生来のコミュニケーション下手が災いして
教員試験は不合格。それでも教育の場に携わりたいと考えていた彼は予備校の職員に就職した。
それから十年以上そこで勤めている。しかし、とりわけ仕事ができるというわけでもなく、人間関係を築くのも苦手。
得意なのはバイトに対しての偉そうな態度をとる事と、生徒との戯れ位のもの。
そんな彼だから出世も遅いし、教室長からも同僚からも挙句にはバイトの学生からも煙たがられていた。
かと言って私生活の面で充実しているかといえばそうでもなく、もういい年をしているのにいまだに一人身であるし、
これと言った趣味も無く近所付き合いも疎遠である。
「取り残された人間」......彼を表現するにはそれが一番シックリ来る表現かもしれない。
現代のように人間関係が特に希薄な時代に生まれてきた事がそもそもの彼の間違いであったともいえる。
彼自身、そういう自分の立場を恨み続けてきた。
そういう自責の念を抱きつづる人間がとるであろう行動は二つ。一つは自殺、自分の存在をこの世から抹消することである。
そして二つ目は酒。自殺をする度胸が無い人間が現実等する手段としてよく用いるもの。そして佐伯の場合は後者であった。

「室長の奴にも頭がくるぜ!何が君は自分の態度を振り返ったほうがいい、だ!?
まったく何様のつもりでいるんだ、あの若造が!!」

時刻は十一時半、眠らない町と言えども終電間際なのでさすがに人数は少なくなってくる。
そんな中、彼は千鳥足でフラフラと歩きながら昼間の出来事に対してブツクサと愚痴をこぼしていた。
自分より年下の室長にバイトに対する態度に関して叱責を受けたのである。普段から彼のことを煙たがっていた
室長の斉藤は これ幸いにと転属を武器に彼をコッテリと絞り上げたのだ。
佐伯としても年下にアゴで使われ、なんだかんだ叱られるのは面白くない。
そんなわけで彼はかれこれ数時間、自棄酒を飲んでこれからどうするかを考えていたところであった。
「あーあ、明日も仕事か..........面倒くせーな。いっその事やめちまうかな〜?」
もちろん、そんなことは酒の弾みで言っていることで小心者の佐伯にはそんな大胆な事ができるわけはなかった。
「俺だって、好きであんな所にいるわけじゃない。それなのに、バイトのガキどもにまで馬鹿にされるなんて........
世の中おかしーよな、一体俺が何をしたってんだよ!?」



おまえに.........力をくれてやろうか..........?



その時である、彼の耳に低い声でそう呟きかけるものがいた。
あわてて周りを見渡す佐伯。
周囲には誰もいない。しかも、見知らぬ風景の場所に立っていた。どうやら酔っていて裏路地に迷い込んだらしい。
「あー、幻聴が聞こえてくるなんて相当酔ってるなー俺。明日も早いからそろそろ帰るか」
佐伯は回れ右をすると元来た道を戻ろうとした、すると再び彼の耳に声が聞こえたのだ。

「力が欲しくないのかと聞いているのだ..........」

今度は確実に背後から声が聞こえてきた。
「だ、誰だよ?どこにいるんだ?」
周りには誰もいないはずだ、仮に誰かがいたとしてもこんな狭い路地なのだからすぐに目視ができるはずだ。
が、しかし声は確実に聞こえてくる。人間どのような物に対して一番恐怖を抱くのかと言えば「そこにあるはずのない物」であろう。
そして、佐伯はまさしく現在、その状況に陥っている。普通なら声を出して逃げ去りたいところだが
本当の恐怖に直面した場合は人間と言うのは体が動かなくなるものらしい。
そんな佐伯の様子をよそにその「声」はなおも話を続ける。
「お前は自分の無力さ故に社会からも見放されようとしている、違うか?」
佐伯は一瞬、恐怖するのもやめて無言になった。「声」が指摘している事柄がズバリ彼の現状を示していたからである。
「もし、私がお前にそのような現在の状況を打破できるだけの力を与えてやろうと言ったら、お前はどうする?」
佐伯には「声」がささやくことがとてつもなく甘美なものに聞こえた。
(ホントに...俺に力をくれるのか?...いや、これからだってどうせろくな未来は無いさ、ならば....)
「お前が言っていることは本当なんだな?力をくれるっていうのは.........」
「もちろんだ、しかし力を与えるには契約を結ばなくてはいけない........」
「契約?」
「なに、ちょっとした事だ。すぐに終わる.........」
佐伯には「声」が言っていることがいまいち理解しかねた。力をくれるとは言っていたが契約を結ぶとは何のことだ?
「痛っ!!」
そう考えた刹那、彼の首筋に痛みが走った。
何かが彼の首に噛み付いているのだ。痛みはますます酷くなる。
自分の位置からは見えていないが恐らく出血もしているだろう。もしかして死ぬかもしれない。
「助けをよべ」彼の本能がそう訴えかける。が、しかし声が出ないのだ。何かの力が彼にそうさせないように。
やがて首筋は痛みは薄れてあとから沸いてくるのはけだるい感覚。足元がふらつき目を開けるのも辛い。
まどろむ意識の中でかれは「やはり不味いな」という声を聞いた気がした。
(まずい?不味いって何だ?お前は俺の「何」をまずいと言っているんだ?オイ、答えろ!!)
彼は声の主に反論しようとしたが意識が持ったのはそこまでだった。
「ドサッ」 佐伯はそのまま地面に伏し、やがて辺りは何事も無かったかのように静けさを取り戻した。








翌日西池袋の繁華街の一角にある雑居ビル。
そこの四階に「Office 埜奈木」の事務所は居を構えている。
「.....と、まあ結論をいうとだなあ.....」
宗一郎はコーヒーをすすりながら話を切り出した。
目がだいぶ充血している。昨夜、真夜が帰った後、彼は資料等を読み漁っていて徹夜をしたのである。
「実際に現地を見ないと何もいえないということだ!!」
宗一郎の言葉を聞いた途端、落胆の色が顔に広がる美麗。
「じゃあ結局、何のために徹夜までして資料とかを読み漁っていたのよ〜?」
「昨日も話したと思うが一言に吸血鬼と言っても千差万別なんだ。だからどのような類の
 吸血鬼かによって対処法と言うものがまったく違ってくるわけ。」
これ以上話をさせていると延々と吸血鬼談義を開始しそうなので美麗が会話を制する。
「まあ、要するに早い話が真夜ちゃんの家に言ってみようって事でしょ??」
会話を中断された宗一郎は少し不機嫌気味に
「そういう事だ、が、しかし、俺は昨日からの徹夜で死にそうなくらい眠いんだ。
彼女の家に行くのは一眠りしてからだな...........」
そういうとソファーに横になって瞬く間に寝息を立て始めた。
「あ〜あ、気楽なものね〜。昨日はなんだかシリアスな顔して厄介なことになりそうだ
とか言っていたのに一夜明けたらこの有様なんだから.........。」
口では文句を言うもののさすがに徹夜明けの宗一郎に無理をさせるのは酷なので
彼に毛布を掛けてあげて目覚めるのを待つことにした。
「でもね........」
毛布を掛けながら美麗の表情が曇る。
「アタシが嫌な感覚だと思ったのはホント.......。あの子にはきっと
よくない事が起こるわ。アタシの「能力」がそう告げている.........」
そんな美麗の杞憂を知らずか、ソファーの上で宗一郎は気持ちよさそうに寝ていた。   






同時刻....池袋警察署の一室。
そこには椅子に座って眼鏡を拭いている五十くらいの男と、その男に向かって何かを
訴えている二十台半ばくらいの見るからに血気盛んそうな青年がいた。
「ですから部長!!今月に入って五件目なんですよ、すでに!!
 例の変死事件!いくらなんでもこう立て続けに発生しているの異常ですよ!!」
黙って眼鏡を拭いていた男―池袋警察署刑事部長、榊輝和は皮肉めいた笑みを浮かべた
「なんでも世間では、吸血鬼の仕業だとか大騒ぎらしいじゃないかね?  
 マスコミも連日池袋連続吸血鬼殺人事件とか言って取り上げているらしいな.....」
「茶化さないでください部長!!」
先ほどから榊の態度に苛立ちを覚えていた青年―池袋署刑事部巡査長館山彰浩は声を荒立てた。
「部長は悔しくないのですか?連日のようにマスコミによるバッシングに、非難の電話。    いまや、池袋署の面目は無いも同然ですよ!!」
「では聞くが....」
榊が眼鏡を掛けなおした。先ほどとは別人のように眼光が鋭い。
「君はいままでプライドとか面子とかの事で捜査をしていのかね、館山君?」
「いや、決してそういうわけではありませんが...........」
尚も反論しようとする館山を制して榊が言葉を続ける。
「それに現在の君の管轄は別件にあるはずだ。これ以上、この件に関してどうこう
言い続けると言うことは現在の任務に対する怠慢とも受け取れるが........」
さすがにこう言われると言い返しようがない館山は不服そうな表情を浮かべながら
「ただ今より館山彰浩巡査長は本来の任務に復帰します。」
敬礼をすると回れ右をして部屋を後にした。
「ふう〜、中々血気盛んなのも結構なことだが、さて..........」
一人になった部屋でため息を漏らす榊。
「中々、よさげな青年じゃないですか、榊さん」
ふと、入り口のほうを見やるといつからいたのだろうか、シックなスーツに身を固めた女性が立っていた。
「北川君....本庁から人間が来るとは聞いていたが君だったのか........」
「ええ、榊さん的にも門下生の方がやりやすいかと思いまして........」
「門下生......ずいぶん昔........いや、ほんの五年位前か.......。
まあ、今となっては君は本庁のエリート警視だ。いまさら敬語もなかろうに」
「あら、榊さんの実力でしたら本庁復帰も簡単なでしょうに.......」
あいかわらず棘のある物言いだなと榊はこころのなかでほくそえんだ。彼女、北川智美とは
警察学校以来の間柄で彼女の担当教官が榊だったのだ。
智美は優秀な教え子であったが当時から人当たりのキツさは有名であった。
「どうもあそこの連中とは馬があわなくてな。机に座っていつも空論ばかり述べている。
現実と言うものをわかっとらんよ。まあ、昔の感慨にふけるのもまた後でにして.....
君が来たと言うことは特1が動いているのかね?今回の事件に関しては?」
「ええ、形式上はそうなっていますが。実際は私の単独の捜査みたいなものです。」
「ふむ、しかし、部下がいるのに直に君が出張るのにはなにか事情でもあるのかな??」
榊がその質問をすると見ただけで分かるくらいに智美の表情が変わった。明らかに何か思うところがあるのだろう。
「まあ、何かあるのだろう。それに関してはあえては聞かんよ。」
「すいません.........」
「それと、わざわざここに来たのもただ旧交を温めに来ただけではあるまいに、そちらの方の
用件は一体何なのかね??」
「ええ、それに関してなんですが..............」












佐伯はかつてこれほど感じたことがないほどのすがすがしい気分だった。
あの後あの場所で眠っていたらしく、目が覚めたのは太陽がずいぶん昇ってからであった。
当然、職場には遅刻をしてしまい、当然のことながら室長の斉藤に大目玉をくらっていたが
彼の心の中はまるで澄み切った青空のように爽やかなのである。まるで昨日までの自分がなかったかのように。
ふだんなら、室長の叱責にいつまでもウジウジしているのに今日の佐伯はやけににこやかでその豹変振りに
他の職員も驚きを隠せなかった。別段それ以外は普段の佐伯と変わらないのに、だ。
しかし職員の一人、坂元千恵は一つだけ彼の相違点を発見した。
「佐伯さん、これ...........」
「ああこれね、昨日、飼っている猫にたまたま引っかかれちゃってさ」
そう言って笑う坂元の首筋には何かを隠すかのようにバンソーコーが貼られていた。


to be continued






はいはい、みなさまお久しぶりです。G−MAXです。実にお久しぶりですね。
なんとか、第二話を書くことができました。 次はいつになるのやら.........。
しかし、今回は宗一郎たちの描写が少ないですね。まあ、その他の人物の動きが今回はメインだったので。
こうやって、様々な伏線を一つの方向に収束させていくのは中々難しいのですが、まあやりがいの
あることなのでそこら辺はがんばっていきたいですね。しかし、最近LAS小説書いていないですね。
連載作品もとまっているまんまだし..........。まあ、そっちも頑張るという事で(汗)
次もなるべく早くお届けしたいと思っています。これからもよろしく!!





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