正義の味方も楽じゃない!
朝・・・、清々しい一日の始まりに相応しく、朝露に濡れた葉がキラキラと朝日に光っていた。規則正しい息遣い、スポーツウェアを身に纏った少し頼りなげな15歳の男の子。青年と呼ぶには少し足りない童顔の彼は、たまたますれ違った犬の散歩をする老人にペコリと会釈をする。相手の反応を見るまもなく、その足取りは変わらず前へ進む。
5kmのロードワークを終えマンションの前で立ち止まる。
(今日はちょっと飛ばしすぎかな・・・?)
肩で息をしながら、愛用のタオルで額の汗を拭う。重力に負け顎からつたって落ちた汗が、光を反射してキラリと光った。
平和な朝だ。
碇シンジ。平凡な学生をやったり、巨大ロボットのパイロットをやったり、神様になってみたりもしたが、今は概ね平和な日を過ごしている。
「朝ご飯の時間だ」
そう呟くと、一気に階段を駆け上がる。
彼はなおかつ平凡な主夫になりつつある。非日常の名残で、朝のロードワークは彼の日課となったが、一番の名残は2人の家事能力無しの女性を養っている事だろうか。しかし、1人は最近炊事の能力をあげているようで、密かな期待を覚えているのは彼だけの秘密。
「ただいま〜」
「クワッ」
出迎えは非人間。が、立派な家族だ。
「ただいま、ペンペン。ちょっと待ってね、すぐに支度するから」
神業の如く出来上がっていく朝食を眺めながら、一生彼についていくと心に決める非人間。たとえ本来の飼い主がなんとも言おうともだ。
「はいどうぞ。・・・さて、二人とも起こしに行かなくちゃ」
ペンペンは知っていた。少なくとも1人はすでにおきている事を。彼が玄関を出ると、赤の少女がベランダに出て彼の後姿を上から嬉しそうに眺めていることを。ただ、とても人間に近いこのペンギンは、それを彼には伝えない。
「ミサトさ〜ん、起きて下さい〜い」
「・・・・」
「ふぅ・・・、禁酒にしますよ」
ガタンと、ベッドから落ちる。
「こっちはよし」
戸を閉めると中から呻き声のようなものが聞こえたが、それは取りあえず置いておいて、もう一人のほうへと向かう。
部屋の前までくると、一瞬躊躇する仕草を見せるも、思い切って声を出した。
「アスカ〜、朝だよ〜、アスカ〜!」
「・・・」
「もう、入らなきゃ起こせないじゃないか。でも、起こさないともっと怖いんだし」
しぶしぶ彼女の部屋に入っていく彼を見て、人間ってつくづく不便だなぁ、とペンペンは思った。
「「いってきま〜す」」
パシュという音で扉が閉まる。
今日のアスカは機嫌がよかった。シンジには理解できなかったが、彼女の機嫌が良いということは理不尽な厄介事が一つ減るということなので、それだけで手放しで喜べる事だった。
(寝ぼけた振りしてシンジに抱きついちゃおう作戦成功♪今度は・・・その・・・ベッドの中に連れ込んじゃって・・・き、既成事実を・・・)
「アスカ、アスカ!・・もう、全然聞いてないや。何かトリップしてるみたいだけど・・」
まさか自分を襲う計画をしているんなんて夢にも思わないシンジは、早く帰ってこないかななんて呑気に構えている。
ピロピロピロリ〜ン♪ピロピロピロリ〜ン♪
「あっ、僕のだ・・。なんだろ朝から・・」
カバンからケイタイを出すと、どうやらメールのようだ。
「何よこんな朝から。どうせバカジャージがあとで宿題写させてとかそんなとこでしょ」
「あっ・・・」
『WORK』
「何よ・・・・仕事?何それ?間違いメールじゃないの?何処から送られてきたのよ」
シンジは手馴れた様子で返信する。と、アスカの方に向き直り少し困った笑みを浮かべた。
「ごめん、今日学校遅刻していくね。先生には上手く言っておいて!それじゃ」
「ちょ、ちょっと!何よそれ!」
それを聞くことなく、学校とは反対方向の道、来た道を走っていくシンジ。
「な、な、な!何よ、バカシンジ!」
それが言えたのは、彼の後姿が見えなくなってからのことだった。
概ね平和な朝だ。
いつもの待ち合わせ場所であるカーブミラー下には、アスカ以外全てがすでに集まっていた。
「おはよ、アスカ。あれ、碇君は?」
「おぉ、とうとうお前に愛想つかせて出ていったんかいな」
ジャージ男の足の上に、どこからか取り出した10kgの鉄アレイが落ちる。
「うっぎゃ〜!」
「・・・・フン!」
「いたそ・・・・」
親友につくべきか想い人につくべきか悩んだ洞気ヒカリは、アスカの顔を見て、
(ゴメン鈴原・・・・・)
即座に判断した。
「ねぇ〜、シンちゃんどこ行ったの〜?」
「知らないわよあんなバカ!」
「うわ〜、アスカプンプンだぁ」
いつの間にか第三に居ついていた霧島マナが、チャチャを入れる。
「うるさい性格破綻娘!今日のあたしは機嫌が悪いの!バカマナはあっち行ってなさい!」
「バカマナとは失礼だぞ〜!セイカクハタンってのも悪口っぽいし〜。マナちゃん怒ったぞ!」
「・・・やる気?今日のあたしは一味違うわよ」
「くらえ〜、ラブラブシンちゃんキ〜ック!」
その騒ぎを、我関せずの立場で見ていたレイは、隣に立っている同じ赤い目を持つ彼に問い掛ける。
「・・・・碇君はどこへ行ったの?」
「さぁ?君が知らないのなら僕も知らないよ」
「そう・・・、じゃ消すわ」
「ま、待ってくれないか。どうしてそうなるんだい?それはあまりにも・・・」
「ナルシスホモは用済み」
渚カヲル、哀れなり。
「・・・遅刻よね?」
「このままやったらそうやろうなぁ」
「ここにマユミさんがいたら、さらに加速するんでしょうね、この騒ぎ」
「いっその事、それもええんちゃうか?」
ボコボコにのされているカヲルが助けていを求めているように見えるが、ここは見なかった振りを決め込む。
「シンジは偉大やなぁ。この騒ぎを一手に引き受けよるからなぁ」
痛む足を押さえながら、改めて親友の大きさに気付くトウジ。その隣をキープしたヒカリは、少しでも距離を縮めようと、必死で努力していた。
「・・・シクシク。誰か俺の相手してくれよ・・・」
ケンスケ、彼の出番は削られるために存在する。
迷彩色のバンダナを頭にきつめにまく。
「・・・状況は?」
「あまり良くないわ。・・人質が1人。まだ生後6ヶ月の赤ちゃんよ。二階で立て篭もってるみたい。サバイバルナイフを携帯」
「なんで・・」
「母親がちょっと買い物に出かけた間に空き巣が侵入。そのあと運悪く、帰ってきたその母親とばったり。で、子供を人質に」
「・・・」
「お願いできるかしら」
「了解。30分で片をつけます」
右手のリストバンドを一度だけ撫でた。
シンジが教室に入ってきたのは、二時間目の授業がそろそろ終ろうとしている頃だった。
「すみません!遅れました!」
「ハイハイ碇君、話は聞いてますよ。保護者の方が酔っ払い運転で警察に連れて行かれたんですね。大変ですねぇ。さ、早く席に着きなさい」
「はい」
アスカからの強烈な視線が痛かった。が、顔には出さず平静を装って自分の席につく。
「ねぇシンちゃん、どこ行ってたの〜?」
アスカに事情を聞いたのだろう、マナが授業中ということを考慮して小声で聞いてくる。真後ろの席の彼女の方に少しだけ寄って、ニヤリとする。
「内緒」
平和なお昼休み。今日は男女別々だ。まぁ、何があったと言うわけでもないのだが、なかなか口を割らないシンジに、アスカがご立腹になったと言う事であろうか。
「も〜!変なところであいつ頑固なんだから!」
口調を荒立てて、ついでにご飯粒を撒き散らしながら喚く。正面にいたレイは、顔についたそのご飯をとりながらため息をつく。
「・・・あなた、うるさいわ」
「何よファースト!あんたは気になんないって言うの?!」
「そ、それは・・」
レイには珍しく言いどもった。
「てっきりネルフ関係だと思ってたんだけどな。ファーストが知らないとなると、その線は消えるわね」
「お母さんからは何も」
父親の方が権限をもっている筈なのだが、ここでリツコの名が出たと言う事は・・・髭、哀れである。
「碇君のことだから、後ろ暗い事はしてないでしょ。あ、でも意外と誰か女の人と会ってたりして・・・・・」
笑顔が凍った。・・・殺気だ。常人のヒカリにすら感じる事だできるほどの。屋上の、いや、学校の空気が絶対零度まで下がった。
「じょじょじょ冗談よ!!!軽いジョーク!ね、ね?楽しく面白おかしいお昼ご飯の続きしましょ!ね!」
ふっと空気が和む。
「なぁ〜んだ、冗談かぁ。ビックリさせないでよヒカリ」
先ほどまでの表情からは考えられないほどの笑顔。4人ともが。
「ご、ゴメンネ?び、ビックリした?アハ、ハハハ・・・」
「アハハ。でも、次言ったら殺すわよ?」
「委員長さん、命知らずなのね・・・」
「ヒカリちゃんッたらぁ、もう少しでドラム缶詰にする所だったじゃん♪」
「ヒカリさん、命は大切にしないとダメですよ?」
目は笑っていなかった。
「そ、そうね・・・、気をつけないと・・・」
(本気ね、みんな本気ね・・・)
口は災いの元と言う言葉とともに、今の出来事は奥底に封印する事に決めた。
「シンジ、お前どこ行ってたんだ?」
箸を止め、困った顔を見せケンスケのほうを見る。
「ケンスケまで聞くのぉ?もう、勘弁してよ〜、さっきまで大変だったんだから」
「まぁ、あの四人の質問攻めはどうかと思うけどなぁ。けど、それを見てるとますます知りたくなるんだよな。お前、結局どこに行ってたか言わなかった見たいだし」
トウジはあまり感心が無いのか、ヒカリからのお弁当をバクついている。ただ、しっかり聞き耳だけは立てているようだが。
「秘密だよ。ま、聞いても何の得にもなんないって」
「なんだよ〜、親友にもひみつかぁ。友達がいの無い。あ〜!・・・お前まさか、誰か女と会ってるとか・・・」
ブッとご飯を吐き出す。
「な、何言ってるんだよ!ないない!絶対無い!」
「ムッ?あやしい・・・何動揺してんだお前。さては・・・」
弁当をおいて両手をブンブン振り回す。
「違う違う!ぜ〜ったい違うって!」
「そう、シンジ君はそんなやましい事をしてないよ。強いて言うなら、そうだね・・・正義の味方、かな?」
トウジに勝るとも劣らない食欲を満たしたカヲルが、熱いお茶をすすりながらいつもの笑顔で、誰に言うとも無く呟くように言った。
「正義のみかたぁ!?また、わけのわかんないことを・・・」
シンジは困り果てた顔をしている。それを見てケンスケは苦笑いをした。
「わかってるって。あまりにもシンジが過敏に反応するから、ついな。それにしても渚、お前シンジがどこに行ってたのか知ってるのか?」
「フフフ・・・、どうだろうね?」
男女を問わない攻撃型笑顔を見て、シンジとケンスケは顔を赤くして下を向いた。
「ごっつぉ〜さん!!いや〜、いいんちょうの飯はいつもうまいのぉ〜」
概ね平和なお昼休み。
たるい午後の授業が終わり、それぞれ帰宅の路につく。
「アスカ〜」
自分の名前を呼ばれたのだが、あえて無視する。
「アスカ、悪いんだけど、銀行行ってお金下ろしてきてくれないかな?」
「・・・・・」
「アスカぁ」
フゥとため息をついた。それと同時にわだかまりも捨てる。
「情けない声出してるんじゃないの。わかったわよ、でいくら?」
シンジは飛びっきりの笑顔を見せた。正面のアスカだけでなく、半径5メートル以内の男を含めた全てのものが、落ちた。
「取りあえず、2万円くらいお願いするよ。僕は夕飯買ってから帰るから」
「わ、わかったわ。・・・シンジ」
ドアに向かいかけていたシンジは、その声に立ち止まり振り向く。
「何?」
「あんた、不用意に笑顔を振り撒くんじゃないわよ」
「はぁ?」
当然のリアクションだった。
いまいち納得の行かない顔のシンジは、それでも一応了解の返事をすると、軽い足取りで教室を出て行った。
ある程度見慣れていて、抗体のできたアスカは一呼吸おくと、周りを見回してみる。・・・男も女も、いまだ赤い顔を火照らせたまま下を向いていた。
「あれは・・・犯罪ね・・・」
その呟きに、そこに残っていた者全てが大きく縦に二回首を振って同意した。
三東銀行に向かう道を歩きながら、ショーウインドウの中の洋服に目を配っていた。
「すまないわね、付きあわせちゃって」
「いいんですよ。私も銀行に用事がありましたし」
アスカとマユミは、それほど早くない歩みで他愛無い雑談をしながら向かっていた。
「あ、あの洋服いいとおもわない?」
「あれですか?ちょっと・・派手じゃありません?」
「あれが派手だったら、着られる服ないわよ?大体、マユミは選ぶ服がいまいち地味なのよね。よし、今度私が見立ててあげる!」
少しトーンが下がる。
「やっぱり地味ですか・・・。でも、私にはああいうのはちょっと、似合わないともうんですけど・・・・」
「着てみなきゃわかんないでしょ。大丈夫だって、マユミは十分可愛いんだから。大体どんな服着ても似合うわよ」
「そうでしょうか・・・。でも・・・」
「でもとか言わない!よし、じゃあ、今度の日曜ね!良い?」
「はい」
「それじゃあ、ヒカリと、ファーストもあれで結構センス良いのよね。後はマナ、あのおバカは・・・・、呼んであげないと寂しがるか・・・」
クスっとマユミが笑う。それに気付がついた。
「何がおかしいのよ」
「いえ、やっぱりアスカさんって優しいなぁって。ちゃんとマナさんのことも考えてあげてるし」
アスカは赤面して慌てて言い訳をしだした。
「な、何言ってるの!その、あのおバカは、後からうるさいだろうから・・・。こら!いつまでもわらってるんじゃな〜い!」
「フフフ」
(私、あなた達なら負けてもいいとおもってますよ)
「笑うんじゃないの〜!」
平和な放課後。
銀行についてから、かれこれ15分が立とうとしていた。アスカはすでに目的を達成していたのだが、マユミの用件はどうやら窓口で行うものらしく、ずっと待たされているのである。
そろそろ彼女は限界のようだ。
「ん〜もう!いつまで待たせんのよ!チャッチャとさばきなさいよね、それでもプロなの!?」
「ごめんなさい、私のせいで」
慌ててフォローする。
「マユミをせめてるわけじゃないのよ。まったく、銀行ってとこはシステムが悪いのよね。どう考えても客を待たせるように作ってあるとしか思えない」
大声で喚いていると言う事は当然聞こえているわけで、マユミがと見ると受付のおねいさんの額にちらりと青筋が見えたような気がした。
「あ、あの、アスカさんは先に帰って・・・」
「ダメダメ、一蓮托生毒をく喰らわば皿までって言うじゃない」
(アスカさん、時々日本語間違って覚えてますよね・・)
気付いているなら教えてあげればいいとも思うのだが、それを彼女に望むのは酷と言うものだろうか。
さらに5分。
ようやくマユミの番のようだ。彼女の持っている紙の番号が呼ばれた。
「それではいって来ますね」
カバンを持って椅子から立ち上がったその時、入り口にある自動ドアが開き男たちが入ってくる、覆面をかぶった。
・・・一発の銃声が響いた。
波乱の放課後。
彼が駆けつけたのは警報が鳴ってから約20分が経過した頃だった。すでにまわりは警官が包囲している。
目的の人物を探して、背伸びをしてグルリと一周するも、目には入らない。首をかしげてもう一度同じ動作をしようとしたその時、後ろから声がかかった。
「こっちよ」
心臓が止まるかと思った。いつの間に後ろに回ったのか、もしかしたら彼女が人類最強なのではないかと心の片隅で思い、そして確信する。否定すべき点が見つからなかったからだ。
「何してるの、早く」
銀行の裏手に連れて行かれる。こちらにも警官はいるものの、数は多くない。と言うか、顔見知りばかりだ。軽く会釈すると、置いてあるバンに乗り込んだ。
「三人組の男、一人は猟銃を携帯でその他は不明よ」
「随分アバウトですね」
皮肉交じりに言ってみる。が、彼女の視線を受けて慌てて目を逸らした。
「シャッターが下りていて、外からでは見えないの。加えて防犯カメラがやられてしまってね、どんな状態かわからないのよ。人質多数。人数は判らないわ。アバウトに言えば40人くらい」
彼は先ほどのセリフを深く後悔した。それには気付かない振りをして、建物の見取り図を広げる。
「侵入路はこことここ。けど、こっちは無理ね、あなたがねずみサイズにならない限り。だからここからになるけど」
「空調ダクトですか・・」
あまりいい想い出はない。
「サポートは・・」
「特に要りません」
いつものバンダナを頭に巻く。彼女から手渡されるリストバンドを受け取りながら、今晩のおかずを考える。
彼女はいつものように、返事はわかり切っているのだがそれでも聞かなければならない、セリフを口にする。
「これは強制ではないのよ。あなたが・・・」
「行きますよ」
溜息が出た。
「そう」
前から、つまり運転席から声がかかった。
「いや、なんて言うはずないでしょこの子が。誰よりも純真で、誰よりも正義感が強くて、誰よりも優しいんだから」
「誉めすぎですよ、ミサトさん」
彼は顔を真っ赤にして下を向く。
「もぉ〜、可愛いんだから♪帰ってきたらおねいさんがたぁ〜っぷりサービスしてあげるからね♪」
「馬鹿言ってるんじゃないの。でも、月並みな事しかいえないけど、気をつけてね」
「判ってます、リツコさん」
バンから出る時、外で待っていた男から声をかけられた。
「こちらの準備は万全だ。いつでも声かけてくれよ」
「出番、ないかも知れませんよ?」
「おいおい、少しぐらい取っておいてくれよ」
ヨレヨレのタバコを吹かして、男くさい笑顔を見せた。それが一気に引き締まると、背中をポンと叩かれる。
「行ってきます、加地さん」
「頑張って来い」
1人で行くその後ろ姿を見て、一人呟く。
「結局頼る事しかできないのか、俺たちは」
「大丈夫よ、あの子は」
車の中から聞こえたその声に反応して、笑みが洩れた。
「信用してるんだな、少し妬けるよ」
「全然なくせに」
「・・・私たちは私たちにしかできないことをするわよ」
三人は互いの顔を一瞥し、それぞれの持ち場についていった。
「にしても、僕ってこういうとこに縁でもあるのかな?」
声が反響するが、このくらいでは気付かれないだろう。腹ばいになって進むも、所々にあるくもの巣やらなんやらが気になって、少しイヤになった。
「結構進んだつもりなんだけどなぁ・・・」
ペンライトをつけて、縮小コピーを照らし確認する。
(あそこを右に曲がれば、真上に出るか・・・)
しまうのが面倒になり、そのまま口にくわえてさらに進む。
と、前方から光がもれているのが見えた。少しペースをあげ三叉路までくると、確かに右手の方に出入り口(本来はそのためについていたのではないはずだ)があった。
声が聞こえる。
「ほら、さっさとしねぇか!」
(犯人・・・か)
音を立てないよう細心の注意を払い、ゆっくり時間をかけて進む。
「おせえんだよ!1人殺ってやれば早くなんのか?あぁ?」
(銀行強盗の典型みたいな人だな)
ようやく出入り口までくると、息を潜めてそっと覗いて見る。・・・この場所は、どうやら高さ3mぐらいのとこにあるらしい。上からなので全体は見渡せるものの、一人一人の仕草までは判らない。
(1人はお金を詰めさせて、一人は人質の見張り、一人は入り口で外を、か。銃は一人だけ・・・だなんて言う保証は無いな)
足枷になるであろう人質のほうを見る。
(人数は、ざっと20人。リツコさんの言ったとおりだ。・・・!!!!!)
思わずでそうになった叫び声を、口を抑えて思いとどまらせる。
(アアアアアアアスカ!山岸さん!!どうしてこんなとこにいるの!?)
彼の心の叫びは誰にも届かない。が、すぐに思い出した。
(あ〜〜〜〜!!!僕が頼んだんだ!!!まだいたのか!今頃、家に帰ってるものだとばっかり思ってたのに!)
自分で自分の頭を叩きたい衝動に駆られた。マユミは直接は彼の責任では無いのだが、彼の性格ゆえ2人分の責任を感じる。
(わぁ〜、僕のバカバカ!2人を危険な目にあわせて!・・・・・待ってて、今助けるから)
一瞬にして彼の目つきが、変わった。
「ちょっと、いつまで押し込めとく気よ!」
「ちょ、ちょっとアスカさん・・・」
その他大勢の客と、働いていた銀行員とともに隅に追いやられていたアスカは、自分達を見張っている男に向かってそう言ってのけた。
「なんだ、嬢ちゃん。威勢がいいなぁ」
ゲッヘッヘと下品な笑いをする。それを見て少し気分が悪くなったものの、どこかつけいる隙は無いか、さすような視線で睨みつける。
(内側のポケットに・・・持ってるわね)
伊達で戦闘訓練を行っていたわけではない。相手を知り己を知れば〜云々の通り、それなりに見る目はもっているつもりだ。が、相手が悪かった。技の一つ一つを見れば自分が有利だろうとは自惚れでは無く思っているのだが、体重差だけは乙女の心情上どうにもならない。加えて3人組、いくら達人でも3人同時では分が悪くなる。
(14の可憐な少女にそれをやれっての?酷よねぇ)
口元を歪めた。
「なんだ、おめぇ、何がおかしい?」
「アスカさん、大人しくしてましょう。ね?」
ハッと気付く。マユミがいるのだ。うかつな行動には出れない。
(クッ!!)
思わず歯軋りをしてしまう。
男はそれを自分へのものと勘違いし、優越感を含んだ笑みを浮かべた。
「ハッハァ、そうだよ、大人しくしてればいいんだよ!」
「ハン!今の日本の警察舐めんじゃないわよ!あんた達なんか3時間でこれよ」
そう言って腕を差し出し手錠をかけられたポーズをした。
「んだとぉ、コラ!てめぇ俺を舐めてんのか!」
「あんたこそ私をガキだと思ってなめないでよね。あんたなんか3秒で地獄行きよ!」
「あぁ・・・」
マユミは失神しそうになった。
「て、てめえ・・・」
「そこ、うるせぇぞ。何してやがる!」
猟銃を持った男がアスカたちがいるほうを振り向き、銃口を向けた。
「こ、こいつが生意気な事を・・・・」
「ガキの挑発に乗ってんじゃねぇ!静かになんねぇんなら、2、3発殴れ」
どうやら猟銃を持った男がリーダー格らしい。すぐに興味を無くしたのか、また金を詰めている銀行員の方に向き直りその作業に叱咤する。
「・・・だってよ」
下衆な笑いだ。思わず寒気がしたが、このまま黙って殴られる気はまったく無かった。マユミを背にかばうように体を入れ替えると、しゃがんだまま戦闘体勢に入る。
(クッ!)
サングラスをかけ、顔を隠す。不十分だろうが、目をそのまま出すよりかいくらかましだ。彼女等にこの仕事がばれる訳には行かない。いきなり本人と悟られる心配だけは無くなった。
サイドポーチから鉄製のボールを取り出すと、空調ダクトの出入り口にはまっている網目状の格子の隙間から中へと投げ入れた。と同時に、体も中へ入るためその格子を思いきり蹴り飛ばした。
彼の名はサードチルドレン、碇シンジ。
コツン
「ん?」
何か落ちた音に、そこに居る全ての者がそちらを見た。
そして光があふれる。
カッ
「うぉ!?」
簡易閃光弾。猫耳印の良品だ。
ガラン、・・・ッタ
重い金属が落ちた音と、人の足音。
ダン!
銃声。猟銃を持った男が、焦りから引き金をひいたのだろう。シンジは構わず音のしたほうへ駆け出す。
ドス
「カハッ・・・」
コブシが鳩尾に突き刺さり、男は猟銃を取り落として体をくの字に曲げる。ドサッとそのまま崩れ落ちると、その体勢のまま悶絶をする。
(内臓はやられてないと思うけど、2本ぐらいはいったね)
内心でペコリと頭を下げると、少しずつ目のなれてきている人質を見張っていた男の方へ向き直る。
(さっきアスカとのやり取りの時、懐に見えた)
案の定、こちらの姿を捉えたのか、睨みながら懐に手をもっていっていた。
(させない!)
シンジは躊躇せず思いきりその男へ突っ込んでいく。片手がふさがっていて、まさか特攻してくると思っていなかったその男の思考は、やり過ごす手を思いつかない。結局正面からシンジの肩をくらって、人質の輪の中へ吹き飛ばされた。
「取り押さえて!!」
瞬時に動いたのはアスカだった。腹部めがけてヤクザキックが数発。
「レディーに向かってガキとは!喰らえ!」
多分に私情を挟んでいるようだ。すでに周りにいた者が手足などを抑えている。よろよろと立ち上がったマユミは、思い切って足を振り下ろした。
「エイッ!」
「・・・・・」
沈黙
彼はこの先、男として機能しなくなってしまったようだ。
「マユミ・・・す、凄いわね」
「あら、わたしったらはしたない」
顔を赤らめる。
(こういう場合でも動じない・・・そうだよね、こういうキャラなんだよね彼女たちって・・・)
救われたような、どっと疲れたような、どちらともつかない感情を表には出さないで、3人目を捉えるため体を向き直す。
ダン!
「・・・・・・・」
一気に気温が下がった。人質の中から少し洩れていた安堵の溜息が絶望に変わる。
シンジの頬にはかすめた銃弾のせいで、頬に血のスジがはしっていた。
「そこまでだ」
(一人一丁ね・・。どうなってるの?日本は拳銃携帯は禁止されてるのに)
「おっと、動くなよ。これでも俺は軍にいた経験があってね。この距離なら絶対はずさねぇぞ。試してみるか?命捨ててな」
クックックと押し殺した笑みが聞こえた。が、シンジの脳裏にはマナの顔が浮かんでいた。
(戦自かぁ。あそこに入ると、みんな性格が破綻するのかな・・・・)
「なぁに、ころしゃしねぇさ。ただ2人やったんだ。再起不能にさせて・・・・」
距離は10m。12、3歩程度だろうか。シンジは彼が言い切る前に歩み始めた。
「おい!・・・・・・てめぇ、・・・死にやがれ!」
ダン!
「な!?」
彼の歩みは止まらなかった。
「避けただぁ!?んな訳あるか!この、この!」
ダンダンダンダンダン!
シンジは少しだけ体をずらし、さも避けたような、いや傍から見れば、どう見ても避けた仕草を見せる。距離が縮まるにつれ、男の顔が歪んでいく。
「ば、ばばけ、ばけも・・・・」
ドス
最後まで言わせるわけにはいかなかった。父と母と自分と、そして友人たちのために。男はもたれかかるようにこちらに倒れてくる。それを体を横にして避け、男が倒れていく様を目で追う。
「それでも僕は、生きなければならないんです」
ドサ
彼のセリフは男にだけ聞こえるような大きさだったが、聞き取っていたかどうかは分からなかった。
後ろから、人質の皆さんの視線をヒシヒシと受けているのを感じた。ここで「もう大丈夫ですよ」などの声をかけたほうが良いと判断したのだが、そうもいかない。もうすでに一度、彼女たちに声を聞かせてしまっている。さっきはドサクサだったが、これ以上は本当にばれる恐れがあるかもしれないのだ。
できるだけ顔を見られないように、横を向きながら不自然に裏口へと続く戸の方へ歩く。
「ちょっとあんた!!」
(まずい!!アスカだ)
走って逃げてしまえばいいのだが、悲しいかな、いつもの習慣により体が止まってしまった。
(あぁ〜、僕って奴は・・・・)
顔を向かないと言う、寝違えた人のような格好で止まっている彼を見て、一応こちらの話を聞く意思はあるのだと判断したアスカ。
「あたし達を助けてくれたのよね?」
「・・・・」
無視されたことに少し腹は立ったが、取りあえず深呼吸をして落ち着く。
「一応礼は言っとくわ」
「・・・・」
「なんかしゃべんなさいよ!」
ドアノブに手をかけ、顔を横に向けたサングラス男は返事をしない。が、突然手を上げ『じゃあ』のポーズをすると、出て行こうと戸を開けた。
「ちょっと、待ちなさい!」
ビクっと体が震える。
「どうも警察の人間じゃないようね。行くんだったら名前ぐらい名乗っていきなさいよね!それが正義の味方ってもんでしょ!」
(別にいいじゃないか!名乗らない正義の味方がいたってさ!)
とは決していえないシンジ。だから彼は思い切って逃げる事にした。
「あ!ちょっと待ちなさい!」
シンジは小型無線機を取り出す。
「ミサトさん終わりました!中にアスカが居たんです!助けて!」
『はぁ?わ、分かったわ。取りあえず・・・・・、逃げて!』
(違う!助けた人質に追われるなんて、オペレーターの人に『助けて!』だなんて・・・、『逃げて!』なんて言われるなんて・・・、絶対正義の味方じゃない!)
無線をきりながら、シンジはなんだか情けなくなった。
「こっちよ、早く!」
飛び込むようにバンに乗ると、ミサトは一気にギアをトップにいれ逃げるように車を発進させた。ルームミラーには、追って来たのだろうアスカとマユミの姿が映っていた。
「か、間一髪」
今日ほどミサトの運転が頼もしいと思った事は無かった。
「アスカも来てたのか。運が悪かったな」
「笑い事じゃないですよ加地さん!見つけたときは心臓が止まるかと思いましたよ」
「それで、バレてないんでしょ?」
リストバンドを外しながら頷く。
「良かったじゃない〜。って事は、今日のお仕事は大成功って訳ね」
「出番なし、か。困ったね、こりゃぁ」
リツコに手渡す。
「これ、ありがとうございました。相変わらずすごい威力ですね。多分リーダー格の男は二本ぐらいやっちゃったと思います」
「自業自得ね」
なんの問題もないとばかりに言い放つ。
ミサトは後ろを向き、リツコの持っているリストバンドを指差しながら尋ねる。
「それ、何ていったっけ?」
「葛城!前見ろ前!」
「だ〜いじょ〜ぶよ。このくらいでビビってっちゃ、大物になれないわよ」
「大物になる前に死んじまう!」
何とか三人で前を向かせるよう説得する。寿命が三年は縮んだだろう。
「はぁ・・・なんだっけ?そう、これね。筋肉増強バンド。ま、昔のアニメのパクリだから、たいした事は無いんだけど」
(いえ、ヴァーチャルをリアルに変えたあなたはすごいです・・・)
シンジはそう思ったが、口に出さなかった。
「で、『チカラ』の出番は?」
加地の質問にコクリと頷く。
「ハハ・・・、化け物呼ばわりされちゃいました。もう、なれちゃいましたけど・・・」
「あなたは立派な人間よ。他人を脅して盗んで殺して・・・・、あいつ等の方がよっぽど化け物よ」
「すみません・・・」
「何を謝る必要がある?君は君だ。堂々と胸を張って生きていればいい。誰もそれを否定したり邪魔する権利なんて無いんだからな」
加地の言葉に、シンジは大きく頷いた。
「あ、この辺で下ろしてくれませんか?」
「ん〜?何?忘れ物?」
それには誰も笑わない。
「アスカと山岸さんを迎えに・・・」
「本当は事情聴取とかがあるんだけど・・・、分かったわ、警察の方には私から電話しておくわ」
「すみませんリツコさん」
車が止まると、ドアをスライドさせ地面へと降り立つ。
「シンジ君」
「おっと!」
「ホッペ、張っておかないとばれるかも知れないわよ」
血は止まっていたが、後はくっきり残っている。
笑顔で手を振るシンジを残し、バンは走り去る。
「すっかり尻に敷かれてるなぁ」
「そういうとこは、ぜ〜んぜん変わらないのよね〜」
「それがあのこのいいとこなのよ」
三人は互いの顔を見やり、そして一つ微笑みが洩れる。三人ともが同じ人物、今出て行った彼の顔を思い浮かべ自然と口に出た。
「「「お疲れ様・・・・」」」
三十路トリオは今日も行く。
「あ、いたいた。アスカ〜、山岸さ〜ん!」
「あ〜!シンジ〜!」
人だかりの輪の外からなので、周りにはほとんど誰もいなかった。
「大丈夫だった?怪我は無い?」
「大丈夫よ。それよりあんたどうしたのよ?」
「テレビで見て飛んできたんだよ。アスカに銀行行くように頼んだから、まさかと思って・・・」
「シンジさん、恐かった・・」
ナヨナヨっとしたポーズでシンジに縋りつく。それを見てアスカは舌打ちをした。
(その手があったか!マユミ〜やるわね!)
「山岸さん、怪我は無い?」
「ハイ・・・、正義の味方さんが現れて助けてくれましたので・・」
「セイギノミカタサン?」
アスカは少し不機嫌そうに顔をしかめると、頭の後ろで腕を組みそのまま歩いていく。
「へ〜んなやつよ。一応助けてくれたらしいけど、ぜ〜んぜんこっち向かなかったり、喋らなかったり・・・。そういやあんた、それどうしたの?」
シンジの頬を指差しながら聞いてくる。
「こ、これは・・。そう、テレビ見たとき夕食作ってて、驚いた拍子に包丁で・・・」
「あんた、相変わらずのブゥアカね〜。あぁ、そういやあいつも、あんたと同じようなとこに傷つくってたわね」
「あら、そう言えばそうですね・・・」
「あう・・・、それは・・・偶然だね。はは、ハハハ・・・」
乾いた笑いしかでてこなかった。
「偶然・・・・。そう、偶然って言えばそいつね、銃弾を避けたのよ!それでね・・・・・」
(ば、ばれなかったかな?ふぅ・・・・よかったぁ)
アスカとマユミの言葉を右から左へ聞き流し、右ポケットに入ったバンダナを強く握り締めた。
(無事で、良かった、ホントに・・・。大丈夫、これからも僕が守っていくから)
夕焼けは、彼の決意を最後まで見守れるように、ゆっくりと沈んでいった。
後書きのような物
はじめまして。GUREなんていう者です。細々と投稿なんかしてるものです。以後お見知りおきを・・・。
え〜と、元々すきなんですツヨシン設定。一番初めに読んだSSがそれだったからかもしれません。ごめんなさい(汗)出来のいい悪いは抜きにして、とても楽しかったです。やっぱいいなぁ〜、強いシンジ君!かっこええ!(この話のシンジ君は、どうも・・・涙)
HTML勉強し始めで、あっさりな感じです。専用のソフトとか何も使わず、自分でやったので時間のかかる事かかる事(汗)許してやって下さい。
では、またどこかで・・・
どうも、G−MAXです。いや〜、記念すべき初投稿作品
自分は感謝感激雨あられといった感じですよ
シンジくんスーパーヒーローものですね
アスカたちが正体を知らないという設定がなんともいいですね。なかなか
アクション描写なんかもしっかり書き込まれていて素晴らしい
自分が好きな漫画である「スプリガン」みたいなかんじですかね?イメージ的に
こんな素晴らしい作品を送ってくださったGUREさんに
感想のメールを出しませう(1人ノルマ百通ぐらい)
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